痛いくらい。






「あの、選択教科希望用紙は・・・・」

「あぁ、それならもう期限日だから東先生に直接渡してくれないか。教材室にいらっしゃるはずだから。」



「・・・・・・・はい。」







人間は好きだ。 元々好き嫌いがない方だと言うのもあるがそれだけじゃない。
気楽な奴だと思われるかもしれないが自分の周りに居る人間に特に不満もない。
想いを込めて接すればそれ相応の答えが返ってくる。

そう、思っていた。


でも人間というのは不思議なもので、


自分の期待を裏切るような、想いの通じないものこそ、一番愛しくなるのだ。



「では、東先生、お疲れ様です。」
「お疲れ様です。お気をつけて。」

最終下校時刻まであと20分、か。
目の前に置時計があるというのにいつものくせで手首に巻かれた時計を見つめる。
ため息をはぁ、とつくと、机の上に目をやった。

「さて、まだ時間あるけど、先に入力だけしておくか。」


ガサガサと生徒たちの出した選択授業の希望用紙をクラス別に並べ替える。
ノートパソコンを取り出して電源を入れたところでコンコンとドアが叩かれた。


「どうぞ」
「・・・・・・失礼します。」


誰もいない教材室を遠慮がちに入ってくるその姿で、一瞬であぁ、彼だとわかる。

「希望用紙かな、塚原君。」


そう言うと肩を少し震わせて俯いた。


「遅くなってすみませんでした。じゃ、これで。」


彼は机の上に紙を押し付けると、すぐに身を翻そうとするので、
ちょっと待って、と引き止めて用紙を確認する。


「塚原君、古文の選択をとってないみたいだけど、国公立を考えてるんだったよね?」
「・・・そうですけど。」

「だったら古文は取っておいた方がいいと思うけどなぁ、読解なんかは重点的にやる予定でいるから。」


振り返りもせず答える彼の背にねぇ、と呼びかける。

「別に、自分で出来ると思ったんで。」

答えている間中も顔は背けられたままで、表情を読み取れない。

「そっか、なら何とも言えないね。何てったって学年1位だしね。」


引き止めてごめん、と手を離すと立ち止まったまま去ろうとしない。
小さく竦められるその背中に胸が痛む。

「先生のコト、そんなに嫌いかな。」

俺の顔なんて見たくないってことかな。


思わず呟いてしまったその言葉に反論するかのように振り向かれたその顔は
すぐに俺の目ではなく床の木目へと移された。

「・・・・・嫌いです。」
「え?」
「嫌いだって言ってるんです、こんなこと理不尽で、身勝手で・・・・最低だってわかってるけど。」



あぁ、どうして、君は。


「塚原君、泣きそうな顔してる。」



どうしてそんなに。



思わず手を引いて抱きすくめる。
あごの辺りをかすめる柔らかい髪から溢れそうなほど色気を含んだ香りがする。

「嫌いです。」

そう呟かれた瞬間、感情が疼いた。
どうしてももっと彼の匂いを感じたくなって彼の頭に顔を埋めると、深く息を吸い込む。

言いようもなく胸が熱に締め付けられて返事が返せない。




俺が与えるものにこんなにも痛いくらい君は傷ついて、泣きそうな顔で。



そんな君をこんなに欲しいと思うなんて。


「俺ってやっぱり変だよね。」


そう言えば君は、


「ホント、変ですよ。」


と言って笑うのだろう。




あとがき:7ヶ月ぶりのリハビリ作。て、短っ!
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