「では、初々しい新入社員たちのこれからの活躍を期待して、乾杯〜!!!!!」

出来ることならあまり参加したくなかったが、そうもいかない。
ここで顔を出しておかなければ周りに良いイメージを与えることが出来る可能性はほぼ0だろう。
別に跳び抜けて良いイメージとかそういうんじゃなくて、
並みの人間くらいは社交性があるということをアピールしておかなければ、ということだ。

『最低限』という言葉があるだろう。

多少自分の中では矛盾することがあってもそれは所詮『本音と建前』というヤツの前ではどうにもならないのだ。


得てして社会というのは生きにくい。
皆が口出さずともわかるヤツだったらいいのに。


まぁ、そんな高望みなことを言ったって仕方がないのはわかってるけどさ。


新入社員歓迎会は中々巷で有名な洒落た居酒屋で行われた。
改めて今期新入社員全員の自己紹介と恒例行事だとかいう赤っ恥大告白などが終わると、
周りの熱はかなりヒートアップしていて少々いや、かなり暑苦しい。
相変わらず隣にいる橘千鶴は大して強くもなさそうな癖に(しかも後できちんと自分の分は自分で払うらしいのだ)、
見栄を張りたいんだか何だか知らないがもう結構な量の空のビールグラスが転がっている。
要っちももうちょっといいとこ見せとかないとぉ、ここで彼女ゲットはといぞぉなどと呂律の回りきっていない口調で言われても全然説得力ないな。

「じゃあ〜そろそろいい時間になって来たのでまたまた恒例の・・・・王様ゲー―――――ム!!!!」

ぱんぱかぱーん・・・・・・っておい・・・・


デスクリーダーの若くて気の強そうな女性が先ほど店員に大量に貰っていた割り箸の下先を握ってにっこりと笑っている。

「じゃあ一人一本ずつ引いていってね!」

「は〜い、じゃあ王様の人〜!!!!!」

「あ、オレです!オレオレ〜。そうだな〜どうしようかな〜。」
王様を引き当てたのはオレの席から少し遠いところに座った男だった。
「じゃあ〜・・・・8番と、3番がキス!」


8番か・・・オレは3番だし違うな・・・・ん?・・・3番?・・・・・・・・


「それじゃ〜8番と3番の人、お手上げ〜!!」

『は〜い!』
『・・・』


・・・・・・・!!!!!!!


なんでよりにもよって相手がコイツなんだ・・・・・・・・・!

「あらあら男の子同士だったか〜。でも、まぁ、ギャグだと思ってしちゃえば案外イイかもよ?」
「千鶴、美人相手で良かったな〜!」


何なんだコイツら・・・!すっかりノリ気じゃねぇか・・・・
しかも千鶴のヤツは鼻息が荒いし・・・

「ほら肩に手置いて!」

出来るか!

「かなめっちが出来ないなら俺がやる・・・!」

うわああああ 震えながら俺の方に置かれた手はじっとりと汗ばんでいて気持ちが悪い。


『キッス!キッス!キッス!』


周りも千鶴の顔も見たくなくて俺はぎゅっと目を瞑っていた。
と、予想していたのと違う場所に温かいものが触れる。


「あー!!!!!ちょっと!橘!何でこにしてんのよー!」
「いやーこの方が互いにダメージ少ないかなって・・・」
「いや、ていうかそっちのが何かアヤシイ雰囲気だったって!なんかオレ今ドキドキしちゃったよ・・・」
「ははっお前ソッチに目覚めちまったんじゃねぇの!?」

目を開けると千鶴のすまなそうな顔と周りの罵声が入ってきた。
ていうか、入社するのに合わせてコンタクトにしてよかった。
じゃなきゃみっともないことになってたかもしんねぇし。
・・・・・じゃ、ねぇよ。
全然よくねぇじゃん!むしろ普通のキスより恥かしくねぇかコレ!?

殴ってやろうそう思って千鶴の方をもう一度見ると
もう周りの輪に入ってなかったことのようにはしゃいでいる。
気にしてる方が馬鹿馬鹿しいってことかよ・・・・

 

 

その後も本当ならあっていいはずの新入社員の緊張感は全くないまま宴会は大いに盛り上がり続けていた。


別にすることもないからと他愛ないことを考えながらちびちびと酒を飲んでいると
いつの間にか今まで飲んだことないような量の酒瓶が俺の周囲に転がっていた。
周りの会話もぐにゃぐにゃと歪んで聞こえてカオスな異空間にでも閉じ込められた気分だ。
吐き気とかそういうものは特にないが、胸の辺りが熱いのはよくわかった。
酒ってこんな魔力があったんだな、と今さらながら自覚する。

「じゃ〜そろそろおひらきにしましょっかぁ〜」

お客様、そろそろ・・・の言葉が聞こえた頃、
閉店呂律の回らなくなった上司のお開き宣言がよりぐにゃぐにゃした響きになって耳になんとなく届いた。

そっか、おひらきか・・・・・
ここからアパートまでってどれくらいだったっけ?
ていうかアパートってどこだったっけ?

どっこいしょ、と立ち上がって見ると地面の畳の目が波のようにゆらゆらと揺れている。
他のヤツらには「もう一件行くか〜」などと言っている強者がいた。
とりあえず徒歩かタクシーでも乗ろうと歩き出すと畳の波が俺を飲み込みそうになった。
どんだけ飲んでんだよ俺・・・そう思って頭を叩いて見ても視界は淀んだままだった。


「大丈夫?塚原君、ほら、肩、貸してっ・・・」


一瞬で波が遠のいて行った。
誰かに持ち上げられている・・・?

「送って行こうか?自宅の場所教えてくれる?」

ゆっくりと横目で覗き込むと東さんが心配そうに俺を見ている。

「いえ・・・俺、ひとりで帰れますから・・・」

かすんだ喉からやっと搾り出した言葉には説得力がない。

「でも、こんな状態じゃ・・・」

そう言われても嫌なものは嫌だった。
とりあえず嫌だ。この人は。
この人には弱みを握られたくない、と無意識に拒絶しているようだ。

「あの、俺もう仕事終わりですし、家も近いんで。送っていきますよ。」


霞みゆく意識で顔を上げた先にはあの切れ長の瞳が。


「顔見知りなんで。」


最後に見たのはソイツがニヤリと笑ったカオだった。

 

 

 

こっそり。

実は要はコンタクトだったんです。というのはこの話を書いてる最中に思いついたことだったので設定には書いていません。^^

もどる すすむ